★ 淡恋物語ACT.３―２

Data３/28 18：09
To.さと兄

Sub．Re：ヘルプ

＜本文＞
テメーらで何とかしろ
今日の俺は非番だ。休みだ。巻き込むな。

――――――――――

「あいつっ…職務怠慢で訴えてやる！」

「おい……」

「ホント…市民のピンチなのに…っていうか“ていちゃん”でいいじゃん」

「あの…」

「はぁ！？俺は男だ！“ちゃん”付けるな！お前…紗貴“ちゃん”って呼ぶぞ！？」

「だから……」

「いや、それは堪忍して…今更ていちゃんに“ちゃん”付けされたら鳥肌立ちそう」

「すみません…」

「だから！“ちゃん”付けするな！」

「だから！人の話を聞け！！」

「「うるさいな！！」」

詆歌と紗貴の綺麗なユニゾンに、犯人が一瞬ビクリとするが、そんな犯人を見て自分達の状況を思い出した様に、詆歌と紗貴は硬直してしまった。
詆歌の中で、緋岐は溜息をつくばかりだ。
「おっ……お前達、自分の立場が判ってるのか！？」
刃渡り１０cm程の果物ナイフを両手で握りしめた犯人の顔は憔悴し切っており、いまいち迫力に欠ける。
だが、詆歌と紗貴は用心深く両手を上げた。
「どいつもこいつも、俺を馬鹿にしやがって！」
そう吐き捨てるように言う犯人の闇が、一層深くなる。
「…すみません……」
素直に紗貴が謝る。その耳元で詆歌が囁くように言う。
「いっその事、思い切って祓っちまうか？」
その物騒な物言いを、紗貴は視線で制した。

公衆の面前で力を行使する事は、堅く禁じられているのだ。

詆歌は、仏頂面のまま「判ってる」そう短く返事をすると、ふいっと顔を逸らす。
「おい！」
「え？私……？」
話し掛けられた紗貴が振り仰ぐ様に見上げれば、犯人の男が顔を真っ赤にして指差していた。

「何をイチャイチャしてるんだ！独り身の俺への当てつけか！？」
「いや、アナタが独り身っていう情報が初耳なんですが…」
「その前に、お前“イチャイチャ”は古いぞ？」
普通に応えて来る学生２人に、犯人は一瞬言葉を失う。
「…度胸の座ったガキ共だな……」
「どうも。」
「褒めてねえよ！」
苛立った声で言いながら、いきなり紗貴の腕を掴むと立ち上がらせた。
「おっ…おい……」
余りに予想外の出来事に詆歌も言葉に詰まる。
そのまま前に行くと、ぴたりと立ち止まった。
慌てるのは運転手だ。
「…え……えっ！？ちょっとお客さん！？」
バスジャック犯を未だ“お客さん”扱いする、運転手の接客根性もあっぱれなものである。
「どけ！」
「…はい……」
いきなり素直に頷くと、運転席を立ったのだ。
「座れ！」
半ば強引に、押し込むように紗貴を座らせる。
反射的にハンドルを握るが、流石に顔面蒼白だ。
「ちょっと！職務放棄しないでよ！」
焦る声を向けられた運転手は何故か隣で気絶していて……
「あいつの“邪気”…深まってるな…」
詆歌が感嘆混じりにそう呟く。

…詆歌…不謹慎だろ…

それを嗜めるのは緋岐だ。
「まさか、人を操るなんてなぁ…一瞬だけど…」

操られたショックで、あの人倒れたんだろ？

“あの人”の言葉に、今は夢の中の運転手に視線を向ける。そして、溜息混じりに頷いた。
「しっかり運転しろ！お前にこのバスの命運は掛かってるんだからな…」
「未成年に、そういう一大事を任せないでよ！」
言いながらも顔は真剣そのもので、前をしっかりと見据えている。
「うるさい！こうしておけば、これを弄る様な姑息な真似も出来ないだろ！」
そう言って紗貴に突き付けるのは、先程床に叩き付けられた、哀れな携帯電話だ。
「なっ！返してよ！」
「いいから、しっかり運転しやがれ！」
言いながら、少し腰を浮かしかけていた詆歌に振り返る。
「小僧も変な動き見せてみろ……娘がどうなっても知らないからな！」
ヒステリックな叫び声を上げながら、詆歌に良く見えるように、紗貴の首筋にナイフを宛がった。

こうして、前代未聞のカーチェイスが都心のど真ん中で幕を明けたのだった。